留年した話
8月28日、午後1時、組織学再試験場。
9人の選ばれし再試験者 勇者達に囲まれながら、俺はペンを握り、茫然自失としていた。
俺の脳内に浮かんでいたのは、組織の単語でも、『もっと勉強してれば...!』という後悔でもなく、たった一つの熟語だった。
留年
ただそれだけだった。そして、これで人生は終わった。
なぜこんなことに?
後ろから『何しとんねんコイツ....』と覗き込んできているクソ教授の視線を受けながら、俺はペンを置き、静かにこれまでの人生を思い返していた。
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俺は千葉県生まれ船橋育ち、陰気な奴は大体友達。
自らをT-Boy(Tensai天災-Boy)と名乗り、弱き者を見下し、強き者に巻かれてきた。
日課はオ●ニー、趣味はレスバ、特技はネット。
休日はもっぱら引きこもって2ちゃん。ニートとレスバし、論破され、怒りのオ●ニーでストレスをぶちまける。
渋谷幕張底辺ダービーで、周りのカスどもを3頭身差で突き放しながら爆走していた俺の、唯一の拠り所。
それが勉強だった。
昔から勉強だけはそこそこできた。小学校では満点しか取った記憶がない。
70点を取っている友達を見て『鼻から脳みそ漏れてるのかな...』と心配になり、ティッシュを手渡すほどの、心優しい少年だった。
中学校に入ってネットと出会い、一時期は成績が下降したものの、テニス部の陽キャから、肩パンを食らう・激辛うどんを食わされるなどの愛のムチを受け、
「俺このままじゃ一生負け組や」
と悟り、勉強を始めた。
勉強をしてからも当然肩パンはされたが、『偏差値60未満のゴミどもが...』と心の中で毒づくことで精神を保てた。
高校2年生の時に取った理系クラス一位の河合マーク模試成績表は、今でも引き出しにお守りとして入れている。
将来金持ちになったら、純金の額縁に入れてシカの剥製と一緒に部屋に飾るつもりだ。
そして俺は、ツイッターでイキリ散らかしていたのが親にバレ、家に居づらくなり、一人暮らしのため東北大学医学部医学科に現役で進学する。
勉強だけが俺のアイデンティティだった。
それなのに。
なのに。
どうしてこんなことに?
解答用紙にポタリと雫が垂れる。目元をぐいぐいと擦りながら、俺は、ふとあの日のことを思い出した。
俺の大学人生を大きく変えてしまった、あの夏の日を。
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その日、俺はいつものように、ネットサーフィンで遊んでいた。
ちなみに、さっき『あの夏の』とか煽っといて申し訳ないが、バ〜リバリ今年の話だ。
再試験の勉強に疲れ、「何かおもろいもん」に飢えていた俺は、『豚に犯される夢見りあむ』という、現代社会のストレスが生んだ悪夢を求めてネットの海を漂っていた。
獣姦の中でも比較的メジャー寄りな豚。1時間も潜れば引き上げられるだろうと踏んでいたのだが、如何せん、作業は難航を極めた。
焦る心、震える手、膨張する股間。
『ダイビング』から、すでに3時間が経過した。
「見つからねえな....」
諦めそうになる心を奮い立たせながら、鬼の形相でポップアップ広告を消していく。
「早く豚に犯されてくれねえかな...りあむ...」
『りあむに迷惑をかけられ続けた結果、精神を完全に病んだ元プロデューサー』のセリフが口から溢れた、その時だった。
「FX....?」
俺の指が、核地雷をクリックした。
(よく知らない人のために置いとく)
たまたまだ。
本当にたまたまだったのだ。
『その日は諦めて別のジャンルで抜いていれば』とか、『そもそも真面目に勉強していれば』とか。
確かに言い訳はたくさんある。
しかし、『偶然ポップアップで出てきたFXの広告に興味を持ってクリックしてしまった』ことは紛れもない事実で、いずれ起こりうる現実だった。
いつかは踏んでいた爆弾に、「暇だから」と火をつけてしまったのだ。
そこからは早かった。
俺は寝る間も惜しんで、『FXで年間1億稼ぐためには』とか『無職だった私が大金持ちになれた訳』のような、ホリエモンのオンラインサロンよりも怪しげなサイトに入り浸った。
「将来は不労所得だけで生活したい」と、常日頃から双葉杏のような妄言を吐き散らかしている俺にとって、FXでの成功者は、『小学校5年の時に編入してきた教頭の頭(雨の日ver.)』よりも光り輝いて見えたのだ。
俺はデモトレードに登録して、日々数字とにらめっこし続けた。
もちろんこの期間、勉強はな〜んもやってなかった。
なんだったらFXの勉強すらやってなかった。
ひたすら数字とにらめっこして、数字が上がったらチンパンジーみたいに手を叩いて喜んでた。ビールとか飲んでた。
数字が下がったら台パンして、憂さ晴らしにビール飲んでた。
は?
アホか?
今なら言える。アホか?
頼むから「死んで」くれ。あの期間の俺。
『ようわからんホームレス』に刺されて、最終回ウシジマくんよりも無様に昇天してくれ。
結局、こうして勉強をサボり続けた俺は、『東京湾の水質改善状況』くらい絶望的な進捗で当日の朝を迎えることとなった。
「もしかして俺、今回はアカンのちゃうか...?」
そして、ここにきて俺はようやく焦り始めていた。
数字を見てはしゃぐサルとして過ごした期間が、凝縮された恐怖となって、ついに俺の肩にのしかかってきたのだ。
窓の外でカラスが「ギャアギャア」と鳴く。
「ヒィッ...!」
『留年をあざける同級生の笑い声』のように聞こえ、思わず耳を押さえてしまった。
震えが止まらない。体がバイブになったようだ。
その不安を紛らわすため、慌ててトレード画面を開く。
北斗神拳ばりの勢いで、画面に数字を入力する。
「これは運試しだ。この4万通貨が下がってたら不合格。上がってたら合格や」
深呼吸して、気持ちを落ち着ける。
「大丈夫。俺は高校偏差値75、理系クラス1位、東北大学医学部医学科現役合格だ。そこらの凡人とは格が違う」
そして、俺は試験会場へと突撃し
討ち死にした。
完全なる敗北だった。
「ポケアニでタクトがラティオス出してきた時、サトシこんな気分やったんやろな....」
長い回想から戻ってきた俺は、『綾瀬はるかの肌』よりも白い答案を教授に渡し、呆然と家に帰った。
「そういやトレードどうなったかな...」
もはや賭けとしての意味は失っているが、一応トレード画面を開く。
5万負けてた。
乾いた笑いが出た。ついでに涙と下痢も漏れた。
俺の人生なんやったんやろ。
楽な方楽な方へと流されて、無謀な夢を見て、目の前の現実から逃避して。
その全てが留年というしっぺで返ってきてしまった。
もうどうしようもない。
「FXはやめよう。そして、来年は真面目に勉強しよう」
漏れた下痢を掃除しながら、俺はそう思った。
カラスが、どこかで鳴いていた。
最後に。
これを見てる留年生、進級生、浪人生、ニートどもに一言、俺から言わせてもらう。
留年は甘え
以上。
P.S. 留年確定により仕送りが止まったのでFXを続けざるを得なくなりました。